宮崎・高原町の神社めぐり|霞神社・狭野神社・猿田彦神社と御池へ、夫婦でドライブ

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こんにちは、mu-sanです。

秋晴れの日曜日、妻と車で宮崎県西諸県郡の高原町(たかはるちょう)へ出かけてきました。目的は、霞神社(かすみじんじゃ)と、神武天皇をお祀りする狭野神社(さのじんじゃ)。高原町は、神武天皇がお生まれになった地と伝えられている町です。帰り道には霧島連山の火口湖「御池(みいけ)」も眺めて、のんびりとした神社めぐりの一日になりました。

※本記事は施設からの招待・タイアップではなく、自費で訪問した体験をもとに作成しています。神社の由緒などは、現地の案内板と各公式情報(2026年10月18日確認)をもとにしています。

今回のルート

順番立ち寄り先ひとこと
1霧島SA(宮崎自動車道)霧島連山を眺めてひと休み
2カフェ「mineeeette」ハロウィンクレープとお芋ブリュレ
3霞神社丘の上の眺めのいい神社
4狭野神社神武天皇をお祀りする神社と狭野杉
5猿田彦神社狭野神社の門前の神社
6御池が見える駐車場帰り道に火口湖を眺める

霧島SAで霧島連山を眺めて休憩

青空と白い雲の下に連なる霧島連山と、手前の霧島連山案内図の看板

お昼前に出発して、途中の霧島SA(宮崎自動車道)で少し休憩。駐車場の向こうに霧島連山がどーんと見えて、ドライブの気分が一気に上がりました。

高原町に到着、まずはクレープでひと息

14時すぎに高原町に到着しました。お昼ごはんを食べられるお店を探したのですが、この時間に営業しているお店をうまく見つけられず……。そんなときに見つけたのが、カフェ「mineeeette」。クレープが買えるお店です。

白い壁に「Cafe mineeeette」と書かれたお店の看板

猫が大好きなオーナーさんのお店のようで、お店の雰囲気もかわいらしかったです。

おばけとかぼちゃの飾りがのったハロウィンのクレープを手に持った写真

私たちが選んだのは、「ハロウィンクレープ」と「お芋ブリュレ」。ハロウィンクレープは、上にのったおばけとかぼちゃの飾りがかわいくて、食べるのがもったいないくらいでした。

表面がこんがりキャラメリゼされたお芋ブリュレのクレープ

お芋ブリュレは、表面のパリッとしたキャラメリゼと、なめらかなお芋の甘さがたまりません。ドライブの途中のおやつにぴったりでした。

「Cafe mineeeette」:宮崎県西諸県郡高原町西麓1360-1

※お店の営業時間・メニュー・価格は確認できていません(未確認)。お出かけの前にお店の情報をご確認ください。

霞神社(かすみじんじゃ)|丘の上から見渡す絶景

青空の下に立つ霞神社の朱色の鳥居と、奥へ続く参道

最初にお参りしたのは、霞ヶ丘の上に鎮座する霞神社です。「霞権現」とも呼ばれる神社で、鳥居をくぐって参道を登っていきます。

石畳の先に建つ霞神社の門と石段、朱色の柱

現地の案内板によると、御祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなびこなのみこと)、保食命(うけもちのみこと)。古くから農業・畜産、病気平癒、縁結び、開運の神様として信仰されてきたそうです。創建の年代ははっきりしていませんが、旧藩時代(江戸時代)には領主の島津家の信仰も厚かったと案内板に書かれていました。

この神社でよく知られているのが白蛇の言い伝えです。社殿の後ろの岩のすき間に白蛇がすんでいて、霧島六所権現のお使いとして大切にされてきたそうです。白蛇を拝むことができた人は幸せになれる、といわれています(私たちは今回、お目にかかれませんでした)。

朱色の欄干が続く展望所と、その先に広がる山並みと青空

そして霞神社のいちばんの魅力は、なんといってもこの眺めです。朱色の欄干が続く展望所からは、高原町の山並みがぐるっと見渡せて、思わず「わあ!」と声が出ました。

屋根のついた休憩所の柱の向こうに広がる、朱色の欄干と山の景色
緑の木々に覆われた丘の上に、朱色の欄干がのぞく霞神社の遠景

下から見上げると、丘のてっぺんに朱色の欄干がちらりと見えて、あそこまで登ったんだなあと実感します。

御朱印は、手書きではなく、紙でいただく書き置きのタイプでした。

「霞神社」と書かれ、朱印と白蛇の絵が入った霞神社の書き置き御朱印

左下に白蛇の絵が入っていて、霞神社らしい御朱印です。

狭野神社(さのじんじゃ)|神武天皇をお祀りする神社と狭野杉

大きな杉の木の向こうに見える狭野神社の社殿と、石畳の参道

次に向かったのは狭野神社です。現地の案内板によると、御祭神は神日本磐余彦天皇(かむやまといわれひこのすめらみこと)、つまり初代の神武天皇。神武天皇の幼いころのお名前は「狭野尊(さののみこと)」といい、神社の名前もそこにつながっているそうです。

案内板では、第5代孝昭天皇の時代に、神武天皇がお生まれになった地に社殿が建てられたのが始まりと伝えています。霧島山の噴火で何度も社殿が焼けてしまい、慶長15年(1610年)に今の場所に社殿が造られたそうです。古くから霧島六社権現のひとつとして信仰を集めてきた神社です。

石段の先に建つ狭野神社の社殿と、両側の木々

国の天然記念物「狭野杉」

しめ縄が巻かれた太い杉の幹と、「狭野杉の由来」と書かれた案内板

境内や参道には、見上げるほど大きな杉の木が立っています。これが「狭野杉」です。案内板によると、慶長4年(1599年)に薩摩藩主の島津義弘公が家臣を遣わして植えたものと伝わり、大正13年に国の天然記念物に指定されたそうです。約400年もこの場所に立ち続けていると思うと、自然と背筋が伸びます。

御朱印は書き置き、近くの神社の分も

狭野神社でも御朱印をいただきました。こちらも手書きではなく、書き置きのタイプです。社務所では近くの神社の御朱印も扱っていて、このあとお参りした猿田彦神社の御朱印も、ここでいただくことができました。

夕日と山並みの写真を背景に「狭野神社」「惟神之道」と書かれた見開きの御朱印

狭野神社の御朱印は、夕焼けの山並みを背景にした見開きのデザインでした。

山水画風の絵を背景に「猿田彦神社」と書かれた御朱印

猿田彦神社の御朱印は、墨絵のような背景がすてきです。

※御朱印の種類や授与の方法は、時期によって変わることがあります。訪れる前に神社へご確認ください。

書き置きの御朱印が増えてきたら、書き置きにも対応した御朱印帳があると便利です。楽天市場では、こんな御朱印帳が見つかります。[PR]

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猿田彦神社|狭野神社の門前の神社

木造の猿田彦神社の社殿と、「猿田彦神社」と刻まれた石柱、案内板

狭野神社のあとは、猿田彦神社へ。現地の案内板によると、狭野神社の門前に鎮座する神社で、古くから「庚申堂」として信仰されてきたそうです。御祭神は猿田彦命(さるたひこのみこと)、馬頭観音、霧島之大神。創建は宝永2年(1705年)と書かれていました。

案内板によると、猿田彦命は天孫降臨のときに道案内をつとめた神様。馬頭観音は、家畜の供養や守りにもゆかりがあると書かれていて、田畑や家畜とともに暮らしてきた地域の信仰が伝わってくる神社だなと感じました。

帰り道、御池を眺めて

雲の切れ間から差す夕方の光と、山に囲まれた御池の湖面

帰り道には、御池が見える駐車場に車を停めて、少しだけ景色を楽しみました。御池は、都城市と高原町の境にある火口湖で、霧島山系で最大級の火口湖と紹介されています(旅行情報サイト・林野庁の資料などより)。夕方の光が湖面にきらきら反射して、一日の締めくくりにぴったりの景色でした。

参拝情報

項目霞神社狭野神社
住所宮崎県西諸県郡高原町大字後川内1553-1宮崎県西諸県郡高原町大字蒲牟田117
御祭神(現地案内板より)大己貴命・少彦名命・保食命神日本磐余彦天皇(神武天皇)ほか
主なお祭り(現地案内板より)春祭 4月15日/秋祭 10月15日例祭 10月23日/狭野夜神楽 12月第1土曜日
アクセス宮崎自動車道 高原ICから車で約8分宮崎自動車道 高原ICから車で約5〜10分

※住所・アクセスは高原町の観光情報や旅行情報サイトなどをもとにしています(2026年10月18日確認)。参拝時間・駐車場・御朱印の受付時間などは確認できていません(未確認)。お出かけ前に、高原町の観光情報などで最新情報をご確認ください。

まとめ

  • 霞神社は、丘の上の展望所からの眺めが最高。白蛇の言い伝えも興味深い神社です。
  • 狭野神社は、神武天皇をお祀りする神社。国の天然記念物の狭野杉に圧倒されました。
  • 猿田彦神社は狭野神社のすぐそば。御朱印は狭野神社でいただけました。
  • 帰り道の御池の景色で、きれいに一日が締めくくれました。

今回は、旅先でゆっくりランチを楽しむことはできなかったのが少し心残り。次に来るときは、高原町のおいしいものも探してみたいと思います。神話の舞台を感じながら、ゆったり神社めぐりをしたい方にぜひおすすめしたい町でした。

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